棲み家は森の中

富士山山麓の小さな山荘に棲み始めました。深い森の広がる静かな環境で生活をしていると、森の声が聞こえてきます。

富士山六合目まで登ってきました

 久しぶりの晴れ間が広がりそうとの天気予報を聞いて、今年初めての富士山に登ってきました。昨日の早朝に起きて、朝ごはんを食べながら弁当のおかずを作り、さっそく出発しました。陽の光をみると晴天が期待できそうで気合が入ります。登山口の馬返しまでは車で狭い道を登っていきます。駐車場についてすぐに登山靴を履いて歩きはじめました。

 吉田口からの富士登山道は、江戸時代から続く歴史のある道で史跡跡が点在します。馬返しの入り口には、石造りの立派な鳥居と灯篭が鎮座しています。

 ここからは、木々の上にちょっとだけ富士山の山頂が望めました。天気も良く晴れています。ところで残念ながら、富士山はここから五合目までは見えません。富士の裾野に広がる樹林の中を登っていくことになります。

 登り始めてすぐに禊所の跡地に着きます。かつてはここから先へは、お祓いを受けて富士山へ入っていったところだそう。

 はじめは普通のゆっくりとした登山道。そのうち階段になってきます。だんだんきつくなる。

 二合目には、御室浅間神社の山宮の跡地があります。かつては立派なお堂があったらしいのですが現在は倒壊したため、小さな祠が残されています。

 しばらく登っていくと三合目に到着。ここからは河口湖の展望が得られます。

 ここには三軒茶屋があったらしい立て看板。ここには大木があり、朝日が当たって新緑が見事。

 苔の道をしばらく登っていきます。

 四合目に着きました。標高が上がって展望が開けてきます。

 大黒天と称するところで、建物があったらしい、景色が良いですからねー。

 登っていくと石畳の道が現れます。江戸時代に作られたのでしょうか?

立派な登山道で歩きやすい。

 しばらく登っていくと五合目の中宮に着きます。ここは木山から焼山にかわる境界にあたるところで名付けられている。いわゆる森林帯から火山礫に変わる境目。

少し登るとタバコ屋の跡地につきます。ここの看板には昭和時代の記念写真が残されています。皆さんこのような格好で登っていたのですね。

ようやく五合目につきました。山頂が望めました。空の青に山頂の白が映えています。

 このあと、天気も良かったので六合目まで登りました。

つづきます。

ではまた。

新緑と森の花たち

 今朝は久しぶりに晴れ間が広がりました。雨が続いた間に、ますます木々の緑も濃くなってきました。

 さっそく今朝の富士山です。

 我が家の前のみどりもすっかり濃くなりました。

 雨が続いて、苔むした階段。

 こちらは雨の前に撮っていた木々と花たち。

ドウダンツツジには、蜜蜂が。

 こちらは野に咲く野草たち。

 こちらはマムシグサの新芽です。

昨年の秋に、赤い実をつけていたところに新芽を出していました。高さは50cmくらい。襟巻のような葉の上に鎌首をもたげています。たしかにマムシの様な。

 その下の方には、小マムシが。茎の模様も蛇を思わせるようなまだら模様です。小マムシもちゃんと小さなまだら模様で立っています。

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 いやー、なつかしいですね。よー久しぶりと言いたくなります。

マムシグサとはよく名付けたもんです。

ではまた。

縄文土器に魅せられて

 最近の我が家のトレンドは縄文時代です。はじまりは、朝のラジオ放送で武田鉄矢さんの今朝の3枚おろしと言う番組があるのですが、このなかで4月ごろに縄文時代が取り上げられたことからです。

 かつて生前の岡本太郎さんが縄文土器の芸術性を見出された。そのころから興味を持ってはいたのですが、改めて詳しく知りたくなりました。

 ところで、縄文時代と言うのは約1万5千年前から約3千年前までの1万年以上長く続いた時代で、日本特有にみられる現象です。世界では新石器時代にあたり「農耕や牧畜」をおこない定住生活に入っている時代なのですが、この日本の縄文時代では、人々は土器を製作しながら「狩猟と採集」を生活の糧とした定住生活をおくっていた、しかも1万年以上も続いた。

 このころの日本列島は温暖で自然の恵みが豊かで、争いごとの少ない平和な時代であったらしい。しかも島国のために他国から攻められることもなく、縄文文化が花開いたと考えられます。国家を作ることなく、全国的に黒曜石やヒスイなどで交易をしていた。その一方では地方特有の文化を育てていったという、うらやましい時代です。

 さて、そこで調べてみると、中部地方縄文時代の遺跡が多く発掘されていて、もっとも発達していた地方のひとつだったようです。見るのが一番というわけで、連休明けを待って甲府にある山梨県立考古博物館に行ってきました。

 入口に至るアプローチでは、縄文土器の大きなポスターが連なって、期待が膨らみます。

 この博物館の展示品は写真撮影がOKとなっています。帰ってからも楽しめる、うれしい処置ですね。縄文土器は大きくは煮炊きをするために使う土器と人を形どった土偶に分かれます。その一部を紹介します。

左は深鉢型土器、右の女性は土偶で愛称いっちゃん=この博物館のマスコットで、笛吹市の一の沢遺跡で発掘されたもの。なんともいえない優しくユーモラスな表情をしています。

 つぎは縄文時代の名人が作ったとされる深鉢型土器で72cmにもなる大型。履歴書によると、海外渡航歴多数。

 こちらは土偶の展示。右奥の2体を拡大してみると。

 左は妊娠した女性像です。右は気合の入った男性像かな? 顔の表情がいいですね。

 そのうちに、土偶と土器が合体したものが出てくる。顔面把手付土器。この形の土器はいずれも中央部が膨らんでおり、妊娠した土偶から進化したものと考えられています。

 このようなキャラクターも。

 真ん中の顔は出産の時を表しているらしいが、とにかくダイナミックとしかいいようがない。

 その他にも、多数の土器や土偶、説明の展示があり時間が経つのも速かった。

屋外には、古墳時代前方後円墳が復元されており、上に登ることができます。

古代史を堪能した一日となりました。ますます、はまりそう~。

ではまた。

コンセントの増設

 今回は、コンセントを設置する工事をおこないます。ところで、ここで述べるような屋内の電気工事をするには、2種電気工事士の免許が必要です。

 じつは我が家を中古で購入したときから、電気工事の必要性を痛感していました。そこで電気工事に関する免許を調べてみると、屋内の電気工事をするためには、2種電気工事士というものがあり、国家試験をうけて合格する必要があるとのこと。試験には学科試験と技術試験があり、学科に合格した後、技術試験を受けることになります。ともあれ若い人たちの中に入っての受験でしたが、なんとなく懐かしい思いもありました。

 最初の工事は、トイレの電気工事でアース線を引き込んでのコンセントの設置をしました。今回は、洋間の壁断熱と無垢板張りの工事に伴って、コンセントの増設をします。

 断熱材を張ったところで、切り込みを入れ、ケーブルを敷設します。天井の桟に孔を開け天井裏にケーブルを通します。

 写真は天井裏からケーブルを引き出したところ。梁の上にジョイントボックスを設置して仮配線をしています。

 このあと、壁の羽目板貼りにもどり、コンセント用の孔を開けたところ。ここでケーブルと繋ぎますが、端子には、GND側と電源側=100V があり、決められた方法で接続します。

 枠を取り付け、カバーを付けたら、室内側は完成です。

 天井裏にもどり、ジョイントボックス内でケーブルを結線して収納します。最後に、ブレーカーから来たケーブルと接続して導通を確認したら完了となります。

 電気工事は、天井裏へ行ったり来たりの作業が必要で、ヘルメットを被り、腰を曲げた姿勢を続けるのでかなりきつい仕事で、あとで筋肉がバキバキになりました。

 とはいっても、屋内電気工事がDIYで出来ると、コンセントや電灯の増設が何時でもできるので、いろいろとアイデアが湧いてきます。

ではまた。

屋根に孔が開いていた。

 連休最終日の先日、屋根に積もった枯れ枝や落ち葉を掃除していたら、孔が開いているのを発見しました。かなり大きな孔で蜂が出入りしていました。びっくり!

我が家では、屋根勾配が緩いこともあり、落ち葉が積もりやすいので、屋根に上がれるように梯子を作りつけてあります。

 おそらく、3月の大雪のとき、枝に積もった雪の重さで、枝が折れて落ちてきた勢いでスレートとその下地が割れたものと思われます。その時は緊急の処置で、ガムテープを張って塞ぎました。

 それから、ネットで調べたり、ホームセンターの店員さんに修理の方法を聞いたりして、材料を集めてきました。

 写真はガムテープを張ったところ。欠落場所は屋根の端にあるため、手を伸ばして修理をするのですが、少々スリルがあります。いつも屋根に上るときには、梯子の端から、いのち綱を付けて上がるのですが、この場所ではあまり効果がなさそうです。なので、そろりそろりと用心して、バランスを崩さないように作業します。

 道具と材料がそろったので、修理します。実は、この日=9日は雨の予報だったので、朝はやく起きたら、準備体操をして、すぐに取り掛かります。

まずはガムテープを剥がして、内部を観察してみます。

 手を伸ばして、スマホで撮影したところ、スレートの下地である野地板まで割れており、孔が開いていました。大破です。

 今回は、とりあえずの修理ですが、防水テープとコーキングで塞ぎ、防水処理をします。接着面はブチルゴムで粘着性があります、表面はアルミテープとなっており屋根の補修にも使える防水仕様となってます。

 アルミテープで塞いだ後、その縁の部分をコーキングしてめくれと水の侵入を防ぎます。変性シリコンシーラントでこれも屋外での防水処理用となっています。

 アルミテープを張っているところ、下側から張っていき、重ね張りします。目線の先は5~6m下の地面。

 コーキングしたのち、手袋でならしました。

 さて、終わってほっとしたときが危ない。ので、用心しながら片付けし、そろりそろりと戻りました。

 降りるときに撮った写真。森はガスがかかっており、午後には雨になりました。

 間に合ってよかった~。

ここ森の中では、いろんなことが起こります。

ではまた。

鹿の骨の埋葬

 昨年の春、ちょうど今の季節に、森を開拓=歩き回っていた時に、鹿の骨を発見しました。頭蓋に角が生えた形で状態が良かったため、持ち帰って写真を撮ったりしました。

 

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 そのうちに森に返そうと思っていたのですが、木々の緑が濃くなり、下草も深くなってきたため、場所が判らなくなってしまいました。

 ところで、つい先日、雪も解けて見晴らしの良いときに、ようやく探し当てることが出来ました。その付近には、骨の残りが散らばっていたので、まとめて目印を置いて帰ってきました。

 そこで昨日天気も良かったので、穴掘りの道具と頭蓋ほかの骨を持っていき、残りの骨と一緒にして埋葬してきました。

 写真は再発見したときの状態。近くを探してみたら、歯の部分を見つけたので一緒にまとめています。

 桜の咲く陽光のなかで、持って行った鍬とスコップで孔を掘ったところ。頭蓋の部分と他の骨を合わせて埋葬します。

 角に見立てた枝を立てて来ましたが、日を置かずに自然に帰っていくことになるでしょう。

 これで無事、森に返すことが出来ました。よかったー。

ではまた。

さくら咲く

 ようやく山の上のほうでも、桜が咲きました。

ここ一週間ほど天候が悪く、雨も降ったりしたので桜が咲くこともなく散るかもしれないと思っていたりしたのですが、今日は朝から次第に晴れ上がり、温度も上がってきました。

 朝は森の中の散策で山桜の開花を見、昼は公園に行き富士山と桜の共演を見ながら弁当を食べ、帰り道では道路に覆いかぶさる桜並木を見て、堪能しました。

 朝日を浴びて、咲く山桜の花たちです。山桜は背丈が人の高さなので、花が身近に感じられます。密集する感じでもなく、枝に連なる花の色と形が可憐です。

 山桜のアーチも咲いていました。近よって撮ったほうが写真映えします。

 向こう側から撮ると。

 つぎは、公園での富士山との共演。山桜とミヤマツツジが混植されています。

 帰り道での桜並木は、桜のトンネルです。

 今年も見れて良かった。

ではまた。